「地域コミュニティーをつくっていくのは誰ですか?」
そんな質問をされたら皆さんはどう答えるでしょうか。
市民、行政、商店会、町内会…。
こんな回答が予想されますが、これらの中に「医師」を挙げるとすれば、意外の感に打たれる人が多いのではないでしょうか。
わたしはこれからの地域コミュニティーづくりを考える上で、医師はキーパーソンになり得ると考えています。
なぜなら、医師は「さまざまな老若男女の患者」という人的リソースを持つほか、社会的な信用度が高く、また他の多くの職業に比べて経済的な自由度も高いからです。
医療のありようが変わりつつある今、“新しい医師像”を模索する医師も増えているように思います。
今回は、地域コミュニティーづくりに一役買っている医師4人と、彼ら彼女らの取り組みを医療ライターのショウブ(@freemediwriter)が紹介します。
全て過去に取材をし、医療者向けメディア「m3.com」で取り上げた人たちです。
「三輪医院」千場純院長
「人が生きることを支えたい、そういった使命感でしょうか」
2019年に「赤ひげ大賞」を受賞した「三輪医院」(神奈川県横須賀市)の千場純院長=写真=は、地域住民誰もが利用できる交流施設「しろいにじの家」を開設した理由をこう語ります。
2015年にオープンした民家風の2階建ての建物には、ベテランの看護師が常駐し、住民の暮らしに関わる相談に広く対応しています。
また、施設に集まった住民たちが自発的におよそ20ものサークルを作り、定期的に「まち塾」と呼ばれる教室を開いているそうです。
施設にはカフェも備えていて、管理栄養士がボランティアで健康的なランチを提供するほか、地域作業所に通う障害者が作った製品を販売するスペースもあるなどその機能は多岐にわたります。
わたしが訪れた2019年8月には、小学校教員の資格を持つ女性がボランティアとして子どもの宿題を見てあげていました。
しろいにじの家に訪れる住民は日に30人ほどで、サークル活動が行われる日は50人ほども集まるといいます。
千葉院長は施設を案内しながら話します。
「施設の利用者には一人暮らしの高齢者が多いのですが、そんな人はここに来れば同じ境遇の人と話せます。『自分は一人じゃないんだ』という安心感を持ってもらえるとうれしいですし、そもそも人と話して笑い合うことは健康にもいいのです」
しろいにじの家はクリニックの近くにあるため、診療終わりに患者が立ち寄ることも多いそう。
「利用者の中には、診療中に私に話せなかったことを施設のスタッフに打ち明けてくれることもあります。その内容を後で私が聞き、診療にフィードバックしています。
医療機関は総じて患者が緊張しやすい場ですから、そうではない相談場をつくることで、結果的には診療にもポジティブに作用するんですね」
m3.com掲載記事:【神奈川】「深刻な場でこそ笑いを」1000人以上を看取った医師が語る在宅医療のポイント‐千場純・三輪医院院長に聞く◆Vol.1
【PDF】三輪医院・千場純院長1回目
【神奈川】自院の「公益性」検証のため近隣1250戸調査実施‐千場純・三輪医院院長に聞く◆Vol.2
【PDF】三輪医院・千場純院長2回目
【神奈川】「百粒の種をまく」未来の厳しい若い医師にベテラン医が残したいこと‐千場純・三輪医院院長に聞く◆Vol.3
【PDF】三輪医院・千場純院長3回目
「井上レディースクリニック」井上裕子院長
少子化や高齢出産が増えている時代の変化を踏まえ、「女性総合診療科」をテーマに掲げる「井上レディースクリニック」(東京都立川市)の井上裕子院長=写真=は2018年、同院のそばにコミュニティービル「安庵(あんあん)」を開設しました。
同ビルは3階建て。1階に保育所と薬局、2階にコミュニティーカフェとセミナールーム、3階に女性専用のフィットネスジムを備えます。
「地域の人が安心できるよりどころを作りたかったから」。井上院長はコニュニティービルを作った理由をこう話します。
「そもそものきっかけは町のカフェでお茶を飲んでいるときでした。一人で歩いているご高齢の方が目立つことに気付き、一人暮らしの高齢者向けに何かできないかと思ったのです。
一人でもゆっくりとご飯が食べられて、夜はお酒も飲める。そこで映画が流れていたり、ときに音楽コンサートなどのイベントが開かれていたりする。
『孤独な人を救う』というと大仰ですが、せめてそんな人たちの気持ちがほっこりする場をつくりたいなと」
井上院長はこうした活動を「産婦人科から始まるコミュニティーデザイン」と捉えています。
同院ではコミュニティービルの開設以前から患者や地域住民向けにさまざまなイベントを開いていて、そういった活動の延長線上に施設開設もあるといいます。
コミュニティーカフェでは健康を意識したメニューを提供していて、店独自の低糖食や薬膳料理のほか、健康関連事業を展開するタニタとコラボレーションした料理もあります。
開店当初の利用者は患者やその家族が多かったそうですが、徐々にその存在がクチコミで知られるようになり、取材した2019年5月時点では「地域住民の利用が過半数を超えている」とのことでした。
m3.com掲載記事:【東京】ひと昔前の「普通の女性」が成り立たない今、産婦人科に求められる診療は-井上裕子・井上レディースクリニック院長に聞く◆Vol.1
【東京】コミュニティカフェ運営や地域向けイベント開催、従来とは異なる産婦人科に成長した理由‐井上裕子・井上レディースクリニック院長に聞く◆Vol.2
医療法人「博仁会」鈴木邦彦理事長
2018年まで日本医師会の常任理事を務めていた医療法人「博仁会」の鈴木邦彦理事長=写真=は2019年、全国的にも珍しい施設「フロイデ水戸メディカルプラザ」(茨城県水戸市)をオープンさせました。
なぜ珍しいかというと、それは「医療」「介護」「生活」の視点を機能に有するからです。
医療と介護のハイブリッド型施設は少しずつ増えているように思いますが、地域交流を促し、さらに就労支援まで行っているところはなかなかないでしょう。
同施設は延べ床面積2230㎡の3階建て。1階にクリニックと通所リハビリテーション、在宅医療の相談窓口、コミュニティーカフェを、2階に小規模多機能ホームとフィットネスジムを、3階に住宅型有料老人ホームと地域交流スペースを備えます。
これらのうち、カフェとフィットネスジムは就労移行支援事業と就労継続支援A型事業の拠点でもあり、取材した2019年12月時点では3人の障害者が働いていました。
「医療だけでは地域の患者さんを支えられない」
鈴木理事長は1996年に祖父が開設した志村大宮病院(茨城県常陸大宮市)の院長に就任、98年に母体の医療法人「博仁会」の理事長となり、医療と介護の双方から患者を支えようと周辺に訪問看護ステーションやホームヘルパーステーション、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、デイサービスセンターを増やしていきました。
「高齢化が進むことで医療サービスを受けていた人が介護サービスを受けることが増えていきます。当然、その逆もあるわけですから、同じ地域内で双方を提供した方がいいだろうと考えました」
こうした活動を集約・発展させたのがフロイデ水戸メディカルプラザ。鈴木理事長は続けます。
「私は常々、『中小病院は地方と運命共同体だ』と言っています。医療と介護のサービスを展開した後に、地域の方々の暮らしに関わっていくことは自然な流れでした。
当施設にはカフェや地域交流スペース、さらにフィットネスジムもあるので、地域の方が日常的に利用しやすいでしょう。そこにクリニックが併設されているので、医療に対する距離感も心身ともに近くなるのではないでしょうか。そんな効果も期待しています」
m3.com掲載記事:【茨城】「医療」「介護」「生活」の視点を持つ全国でも珍しい複合施設が水戸に‐鈴木邦彦・医療法人博仁会理事長らに聞く◆Vol.1
【PDF】医療法人博仁会・鈴木邦彦理事長1回目
【茨城】地方の高齢化と医療の機能分化を背景に介護機能を強化‐鈴木邦彦・医療法人博仁会理事長に聞く◆Vol.2
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【茨城】「地域包括ケアで日本は世界をリードする。開業医は推進を」‐鈴木邦彦・医療法人博仁会理事長らに聞く◆Vol.3
【PDF】医療法人博仁会・鈴木邦彦理事長3回目
「田那村内科小児科医院」田那村雅子副院長
「クリニックの余剰スペースを有効活用できないか」
そう考え、ビルのワンフロアを改装して地域向けの交流スペースとして開放したのが、「田那村内科小児科医院」(千葉市中央区)の田那村雅子副院長です。
同院は3階建て。1階と2階を待合室や診療スペースとして、3階(83㎡)を感染していない患者用の待合室や地域交流スペースとして活用しています。
色とりどりのソファや丸テーブルが置かれた小上がりなどがある交流スペースでは、近くのスポーツクラブと協力して健康教室を開き、「みんなのカフェ」と題した交流会も定期的に開催。
参加者はともに25人ほどで高齢者が中心ですが、地域に住む子どもたちも参加者にお茶を配ったり、一緒に将棋をして遊んだりして運営を手伝っているといいます。
「医師として日々いろいろな患者さんと接する中で、孤独感を抱えている人が少なくないと気づいた」
田那村副院長は、余剰スペースの利用方法として「地域交流」が浮かんだきっかけをこう語ります。
「例えば過去に、一人暮らしの高齢の患者さんですぐに救急車を呼んでしまう方がいました。医師の私からすればその理由は本当にちょっとした不調なのです。
頼れる人が近くにいないために不安感が増し、自分の異変に過剰に敏感になってしまうのでしょう。
不要な救急搬送は社会問題になっていますが、そこには『孤独』という問題が関わるケースもあるんですね」
2010年ごろから始めたこの活動。今では同院の患者が友人を連れて交流会に参加し、雑談に花を咲かせたり、知らない人同士が笑顔で会話を交わしたりする場面も見られるようになってきたといいます。「これがいつも楽しみ」と次回の開催を待ちわびる人もいるそうです。
田那村副院長は今後の展望を語ります。
「3階は現在、待合と交流会、健康教室の3つに活用していますが、これからはもっと自由に使っていただきたいですね。
診療時間内であれば誰でもいつでも気軽に来てほしい。放課後に一人で過ごすのがつまらないと感じている子どもにも使ってほしいですし、公的な活動をするために場所を借りたいといったご要望も歓迎です。
私たちの方でも、他に地域のためになる使い方がないか考えていこうと思います」
m3.com掲載記事:【千葉】クリニックをカフェのように改装し、地域の交流スペースに-田那村内科小児科医院の田那村雅子副院長に聞く◆Vol.1
「患者の孤独感を和らげる存在になりたい」-地域向け交流カフェを開く田那村内科小児科医院の田那村雅子副院長に聞く◆Vol.2
記事内の情報、考え、感情は書いた時点のものです。
記事の更新情報はツイッター(@freemediwriter)でお知らせします。
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