「ロボットが接客してくれる珍しいカフェが東京にあるらしいね」「難病の患者や障害者が遠隔操作しているそうだけど、実際どんな感じなんだろう」
今回は、こんな興味関心がある人に向けて、東京都中央区になる「分身ロボットカフェ DAWN ver.β(ドーンバージョンベータ)」を体験してきた医療ライターのショウブ(@freemediwriter)が現場をレポートします。
外出の難しい人が自宅にいながら働く手段としてはパソコンや手先を使った仕事などがありますが、「ロボットを操作して遠隔で接客する」というのは聞いたことがありません。
雇用の形や働き方として画期的なだけでなく、客としても「どこかにいる人間が操作するロボットと相対する」ことは刺激的でした。
「実際は人間と会話しているのだけど、目の前にいるのはかわいいロボット」という非現実感の混ざった状況がなぜかわたしには安らぎを覚えるものだったのです。
素晴らしくて、面白い。
分身ロボットカフェは社会性とエンターテイメント性が合わさった取り組みだと思います。写真と動画を合わせつつ、紹介していきますね。
分身ロボットカフェとは
- 新日本橋駅そばに立地
- 分身ロボットは「OriHime(オリヒメ)」
- 国内外の難病患者・重度障害者50人ほどが活躍
まずは分身ロボットカフェの概要を。
同店は2021年6月21日、JR総武本線・新日本橋駅そばにオープンし、現在、不定休で午前10時~午後7時に営業しています。
店内で稼働しているロボットは「OriHime(オリヒメ)」と呼ばれるもので、同店の資料によると、上半身だけの小型のものが「OriHime」、脚部を備えドリンクなどを持って移動できる全長約1m20㎝のものが「OriHime-D(ディー)」。
オリヒメを開発し、分身ロボットカフェを企画したのは、ロボット研究者で「オリィ研究所」(東京都中央区)所長の吉藤(よしふじ)健太朗さん。
毎日新聞の記事によると、吉藤さんは子どものころに3年半の引きこもり生活を経験し、そのときに「死にたいほど」の孤独を感じたそう。
友人とのコミュニケーションが苦手だったという吉藤さんはやがて、「ロボットを介して人とコミュニケーションを図ろう」と考え、オリヒメを開発したといいます。
その後、曲折を経てオリヒメを活用した分身ロボットカフェの構想を思いついたそうですが、このあたりは新聞記事をご参考ください。
「秘書なんだから、コーヒーぐらいいれてくれよ」「それじゃあ、そういう体を作ってくれよ」――。
吉藤さんは以前、寝たきりの男性と一緒に働いていたそうで、この男性との冗談を交えた会話の中からアイデアが浮かんだといいます。
スタッフによると、現在、カフェでは国内外の難病患者や重度障害者50人ほどが「パイロット」として働いているそうです。
パイロットの名前と顔写真、コメントが掲載されたページはこちら。
分身ロボットカフェ利用の留意点
分身ロボットカフェを利用する際の留意点を伝えますね。
パイロットならびにオリヒメとの交流を体験したい人は、予約が必要になります。
同店は、①オリヒメが接客してくれる「オリヒメ・ダイナー」、②元バリスタのパイロットがオリヒメを操作してコーヒーをいれてくれる「バー・アンド・テレバリスタ」、③一般的なカフェとしてパソコン仕事などもできる「カフェ・ラウンジ」――の3つのエリアに分かれており、カフェ・ラウンジ以外はこちらのページから予約が必要。
オリヒメ・ダイナーは75分制、バー・アンド・テレバリスタは45分制です。
オリヒメ・ダイナーで提供されるフードメニューは「看板」という「ロービーバーガー」など5種類で、いずれも料金は税込み2500円。「キッズカレープレート」(同1000円)や「季節のスイーツプレート」(同1800円)もあります。
メニューのページはこちら。
分身ロボットカフェを体験した
レポートに移りましょう。
わたしが店を訪れたのは8月4日。
新日本橋駅の5・8番口を出て目の前にある大きな交差点の一角に店舗はあります。
午後5時半に予約していましたが、「各回入れ替え制なので必ず10分前には来て」とサイトに書かれていたのでそうしたところ、受付スタッフは「まだ時間があるのでお待ちください」。
5分ほど前でも問題ないようです。
時間があるので店内をぶらつきました。
上の画像はサイトから引用した店内のマップです。カフェとしてはかなり広く、約300㎡(カフェエリア約190㎡、約70席)あります。
店に入って左手が待合や物販のスペースになっています。マップの6番ですね。4番が入り口です。
その右手、店舗中央にはキッチン。
待合スペースでもテーブルの上に置いてあるオリヒメを通じてパイロットと交流することができ、コーヒー豆やコーヒーカップなど店で扱っている商品の中からお勧めなどを聞けるそう。
こちらにはオリヒメを操作できるコーナーもありました。
タブレットに触れて指でスライドするとその方向にオリヒメの首が動きます。
画面にある「手を広げる」「手を振る」などのボタンに触れると、オリヒメがそれに合った動きをしてくれます。
中には考え込むときの「うーん」や、大阪弁でボケに突っ込むときの「なんでやねん」というユニークな動きも。
動画です。
オリヒメを生で見たのは初めてですが、思った以上にデザインがかわいいですね。
丸みを帯びた頭部と大きな目、ペンギンのような短い手に愛おしさのようなものを感じるのは吉藤さんが計算してのことでしょうか。
特に、手を振り上げる動きがかわいい。
パイロットの「よりちゃん(山本順子さん)」と話していたところ時間がきたので店員に呼ばれ、キッチンの向こうにあるオリヒメ・ダイナーへ。
サイトによると、店内の様子は写真や動画に撮ってSNSなどに投稿して良いそうです(スタッフにも確認しました)。
文章を引用します。
パイロットたちのモチベーションにつながりますので、SNSなどでのご感想の投稿、パイロットアカウントのフォローや現地からのネット配信などご自由になさってください。
投稿の際は[#分身ロボットカフェ][#avatarcafe]をつけてご投稿ください。
店員に案内されて、オリヒメ・ダイナーの席(4人用)に着きました。隣では女性客がパイロットと何やら話している様子。
わたしの横をすーっと通り過ぎていくオリヒメの動画。客に届けるためのドリンクを持っています。
フロアには上の写真のように黒いテープがはってあり、この上をオリヒメが通っていました。
後でパイロットに聞いたところ、オリヒメの操作にはオートとマニュアルがあり、マニュアルではテープ以外の場所も移動できるといいます。
ただ、それにはパイロットに相応の技術が必要で、「得意な人がいれば苦手な人もいる」そう。
テーブルにはオリヒメが1台置いてあり、パイロットが横のタブレットに商品を表示させながらメニューを案内してくれます。
今回、私を担当してくれたのは「ふーちゃん(三好史子さん)」。彼女の説明を聞いてロービーバーガーを注文しました。
料理が来るまで少し時間があったので、ふーちゃんに自身の状態やカフェで働くようになった経緯などを聞きました。
オリヒメ・パイロットの「ふーちゃん」
ふーちゃんは全身の筋力が徐々に落ちていく「脊髄性筋萎縮症(SMA)」という難病を抱えており、体を動かすのが難しいといいます。
手先は動かせるのでスマートフォンやパソコンは操作できるそうですが、トイレや入浴、家事などは介助が必要であり、自宅では電動車いすを使っているそう。
カフェで働くようになったきっかけは3年ほど前にさかのぼります。
ふーちゃんが暮らしている島根県で開かれたシンポジウムに吉藤さんが出席しており、「たまたま参加していた」ふーちゃんは吉藤さんからロボットカフェの構想を聞いたそう。
自分ができる仕事がなかなか見つからず「困っていた」というふーちゃんは吉藤さんに相談したところ、「カフェで一緒に働きましょう」と提案され、そこからは「とんとん拍子」で話が具体化していったといいます。
「あのとき、吉藤さんに相談して本当に良かった」と話すふーちゃん。カフェで働くようになるまで社会人経験はほとんどなく、最初は接客時のマナーや言葉使いがうまくできなかったそうですが、「今はだいぶ慣れてきた」そうです。
パソコンを使ってのオリヒメの操作は直感的であり、「少し練習すればできる易しい仕様」だといいます。
「今までに経験した仕事は事務作業が中心でした。分身ロボットカフェでは家にいながらいろいろな人と出会い、話せるので楽しいです」
そう話す声は弾んでいました。
ふーちゃんとの会話を収めた動画の一部。
ふーちゃんがカフェで働き始めた経緯は地方紙の山陰中央新報に掲載されています。
話している途中で、オリヒメが頼んでいた緑茶を運んできてくれました。
私がドリンクを取った後の様子。操作にまだ慣れないのか、よろよろとしています。
料理が届きました。
ロービーバーガーは岡山県の蒜山(ひるぜん)高原で育てられているジャージー牛のローストビーフをメインに、トマトやタマネギ、キノコが入ったもの。
おいしそうですね。パプリカやオクラ、ジャガイモなどの野菜が添えてあるのもうれしいです。
オリヒメ・パイロットの「さっち」さん
料理が届いた後、別のパイロットと話しました。「さっち」さんです。
さっちさんは「変形性股関節症」のために子どものころから脚が不自由だったといいます。
現在、車いすを使って移動しており、座った状態でデスクワークはできるものの、立ち仕事や軽作業はできないそうです。
「私の体では通勤が大変なので、こんな働き方があるのはありがたいですね」とさっちさん。
学生時代に憧れていた仕事がカフェの店員だったといいます。
「友達がアルバイトしているのがうらやましかったです。私もかわいいエプロンを着けて、オーダーをとったりしてみたかった」
自分の体では一般的なカフェ店員の仕事はできないといいますが、オリヒメを活用すればそれが可能。
「まさか、数十年経ってから憧れの仕事ができるとは思ってませんでした」
さて、ロービーバーガーの味はどうだったのでしょう。
…すいません。さっちさんとの話に夢中になり、あまりわかりませんでした。
職業柄、「情報を得よう」という心理も働いてしまったので、次に行くとすれば、料理が来てから10分くらいは食事に集中して、その後にパイロットとの会話を楽しむようにします。
スタッフに聞いたところ、パイロットに要望を伝えればそんなふうにどのタイミングでパイロットに登場してもらえるかは調整が利くそうです。
食事が終わった後、店内を見回しました。わたしの席の後方、店舗の奥にあるのがバー・アンド・テレバリスタ。
こちらはバー・アンド・テレバリスタの横から入り口に向かって撮った写真。手前に見えるのがカフェ・ラウンジです。
店内は人とパイロットの声で賑やかだったので、集中して仕事をするのは難しい印象でしたが、昼や夕方以外は静かな時間帯もあるのかもしれません。
ちあさんのエンディングトーク
閉店時間が迫ったころ、オリヒメ・ダイナーのスクリーンの前にオリヒメが進んできました。
スタッフによると、いつもパイロットが「エンディングトーク」を行っており、今回の担当は「ちあ(加藤千明)」さん。
6分ほどにわたって自己紹介や店舗の紹介、分身ロボットカフェができた経緯や目指すことを話していました。
「(カフェで働くことは)諦めていたというより選択肢にもなかった。こんな機会をいただけて感謝」
「これまで外出できない人が仕事をしたり友達を作ったりするのはとても大変だったけど、この実験カフェを改良していけば多くの人に選択肢を与えられるのではないか」
「寝たきりの先の憧れを目指したい。私たちはお客様と一緒に成長していきます」
ちあさんが話していたことの一部。エンディングトークに分身ロボットカフェの肝が集約されているので、通しで見てもらえるとうれしいです。
医療ライターの庄部でした。
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