「0.1%」
現在の30歳が10年後までにがんで死ぬ確率です(国立がん研究センター調べ)。
1000人に1人というごくわずかな割合ですが、それでも、ゼロではありません。
わたしが取材してきた医師も「珍しい」とは前置きしつつ、10代から30代で肺がん、胃がん、大腸がんなどにかかり、若くして亡くなった患者とのエピソードを口にすることがあります。
「わたしもいつがんになるかわからない」
医療を取材するようになった今でこそこう思いますが、会社員時代は知識がなく、危機感もほぼ全くと言っていいほどありませんでした。
わたしの大学時代からの友人であり、現在、大手人材会社に勤める田中雄大くん(仮名・35歳)は昨年2018年に胃がんが見つかり、手術を受けて完治したそうです。
「本当に運よく見つかった」というのが本人、そして話を聞いたわたしの考えですが、実はその前に医療受診につながるシグナルや周囲の助言がありました。
忙しく働いている人の中には彼のように早期発見につながるサインを見逃し、また聞き逃している人がいるのかもれしれません。
田中くんの場合、どんな経緯で胃がんが見つかったのでしょうか。そのときの本人の気持ち、周囲の反応は。
医療ライターショウブ(@freemediwriter)が書きます。
30代の男同士ががんについて話す様子がリアルに伝わればいいなと思います。
(取材日2019年5月17日)
目次
妻の助言をスルー。やっと病院に行ったら…
それで他の病院でまた胃カメラを受けて、他の検査もやってもらったら「胃がんの一番最初のステージじゃないか」って。
それでその病院に10月に入院して手術した。
2、3年前から飲み過ぎた日―芋ロック7、8杯くらいだけど―の次の日は決まって午前中いっぱいはお腹が痛くてさ。
ピロリ菌に感染していた母も「気をつけなさい」
オレ、内科とか外科とかよくわかんないからさ、とりあえず「お腹が痛い」って受付の人に言って。実際に受けたのは内科だったのかな、消化器内科? いや覚えてない。
で、「お腹痛いです」「いつからですか?」「今日の朝からですけど、飲み過ぎた日の次の日は痛くなるんですよね」みたいなやり取りがあった中で、母親がピロリ菌に感染してたことも言ったのよ。
たぶんそのセリフに先生が反応したような気がするんだけど、「胃カメラやってみます?」って言われて。
それと調べてみたらこの病院、胃と大腸の内視鏡検査に力を入れてるらしいから、患者にも積極的に勧めてるのかも。
胃の内視鏡を勧められたときのお前の反応はどんなだったの?
営業の仕事してたら(検査を)受けてなかったかも。当時は内勤で家でも仕事ができたし、自由が利いたから仕事を抜けやすかったんだけど。
たしか午前休をとって検査を受けたんじゃなかったかな。
おかんから言われたことは覚えてないんだけど、おかんからその話を聞いた嫁が「お母さん、ピロリ菌に感染してたらしいね」って言ってて、それで記憶に残って。
といっても、当時のオレは「ピロリ菌? 名前マジ受けるなw」くらいの感じで興味なかった。
おかんは子宮がんにかかって子宮を摘出してるから、がんへの感度が高かったのかも。
麻酔ありの口から胃カメラ「何の苦しみもない」
胃の内視鏡って、①麻酔しないで口から管を入れる、②麻酔して口から管を入れる、②鼻から管を入れる――の3つの方法があるんだけど、どれだった?
そしたら検査を受けるためにベッドに寝てるときに腕に注射をされて、「口に管を入れられるなー」と思ったら次の瞬間には寝てた。
起きたら既に検査は終わってて、休憩室のベッドで横になってた。
ただ「寝て起きた」ってだけで何の苦しみもなかったね。起きた後に吐き気とかもなかった。
別に検査に興味はなかったから新鮮味もなかったけど、痛くなかったのは良かったと思う。
オレ、鼻から管を入れる方法を選んだんだけど、めっちゃつらかったんだよね。
じゃあ、その日に検査結果を伝えられて、「がんかも」って?
8月の上旬に検査を受けて、結果を聞いたのは9月下旬だから1ヵ月半くらい後。
病院からは「早く結果を聞いた方がいい」って言われたんだけど、オレとしてはお腹が痛かっただけで急いではなかったからさ、「(聞くのは)9月の下旬くらいっすかねえ」って。
その後も「早い方が」って促されたんだけど、海外出張も控えてたから希望は変えなくて。
対応してた看護師は怒ってたわ。
検査結果に驚き「がんキターーーー!!!」
オレは医療を取材してるし、それに、そもそも健康を損ねて仕事ができなくなるとすぐに収入が減るフリーランスだから健康を維持するのは死活問題なんだけど。
でも面白いわ。もしかしたら30代の働き盛りの会社員ってお前みたいな人が案外多いのかも。
で、先生から「がんかも」って言われた場面はどんな感じだったの?
それで、「これ、がんっぽいですね。(胃の)真ん中に白いのがあります」みたいなことを言われたと思う。
まず検査を終えた後に医師が確認して異常があれば早めに電話してくれた方が親切だと思うんだけど。
内視鏡検査をやってる消化器内科のクリニックだとその日に結果を伝えてるって聞くことが多いんだよね。どんな体制になってるんだろう、気になる。
で、胃がんって言われてどうだった? そもそも胃がんの可能性は考えてなかったんだっけ。
まあ、びっくりだよね。「がんキターーーー!!!」みたいな。
胃がんかもって考えはゼロゼロ。そりゃ若くしてなる人がいるのは知ってるけどさ、「まさかオレがなるわけないだろ」って思うじゃん。
医師たちから「高校生で肺がんに」「20代で胃がんに」「30代で大腸がんに」とかって聞くから「オレもいつがんになるかわからない」って今は思ってるけど。
「死ぬまでに何かを残したい」ブログ開設を構想
まず嫁に何て言おうかと思ったよね。
診察が終わってから待合室で「がんぽいわ」ってLINE(ライン)で送って、そしたら嫁から電話がかかってきて「どゆこと!?」って高い声で。びっくりしてた。
あと、自分でも面白かったのは、ブログを書こうって思ったこと。
なんか自分の足跡を残したくなったんだよね。
仮に本当にがんだったとして、そのがんが進行してたら死ぬかもしれないからさ。若くしてがんで死ぬ人って全体の中では珍しいわけじゃん? 書いたら読まれるかもなって。
それで無料でできるブログ、具体的にはアメブロやはてなブログ、FC2ブログを調べてどれにしようかなって。
結局、あとでステージの最初っぽいって聞いて死ぬ可能性が低くなったから止めたんだけど。
オレが文章を書く仕事をしてて、自分のサイトにも記事を書いてるのは詰まるところ死を考えてのことなんだけど、やっぱり何かを残したくなるんだね。
がんになって住宅ローン4千数百万円がゼロに
そこで10月の上旬にもう一度胃カメラを受けて、仮に胃にがんがあったとして他の部位に転移してないかを調べるために大腸カメラも受けて。
あと白い巨大な機械の中に入っていく検査(CTかMRIのことだと思われる)もやったね。こういうのを丸1日かけてやった。
で、その1週間後に「この腫瘍はたぶん胃がんです。おそらく(がんの)根は浅いだろうけど手術してみないとわからない。転移はなさそうだけど」って。
改めて「胃がんだろう」って言われてどんな気持ちだった?
ただ、不思議と怖さとか焦りとかはなかったんだよね。
それに、前の病院で「胃がんかも」って言われたことで住宅ローンがなくなったから、死んでも経済的に家族は大丈夫じゃないかって。
マンションを買うのに5千万円くらいかかって、当時で1年半くらいしか住んでなかったから4千数百万円くらい残ってたんだけどそれがゼロになった。
がん体験者の記事でそんなことが書かれてるのを読んだことなかったから知らなかったわ。面白い。
妻は子を思い平静装う? 両親も二の句が継げず
もう病院で手術を受けるしかないわけだから、じたばたしてもしょうがない、ということなんだと思う。
おとんとおかんはさすがにびっくりしてたね。
息子が自分よりも早く死ぬかもしれないって感じだったから「あらまあ…」って。「何を言ったらいいかわからない」って感じ。
「お大事に」は軽すぎるわけだから「はあ…」とか「まあ…」とかって。
「何てこと…!」っていう表情や雰囲気はあるけど、具体的な言葉としては出てこないよね。
まあ、その時点でわかってるのって「がんは浅いだろうけど手術してみないことにははっきりとはわからない」ってことだから、かける言葉もないかもね。
手術は「寝て起きて終わり」
腹腔鏡下手術
お腹をメスで切り開かない、体への負担が少ないと言われている手術方法。
5~10㎜の小さな穴をお腹の左右4、5カ所に開けて、そこからカメラが内蔵された細い管(腹腔鏡)を入れる。
医師は腹腔鏡が映し出す臓器をモニターで観察しながら、別の穴から入れた細長いメスを操作してがんを切除する。
手術は「寝て起きて終わり」って感じだったよ。
ドラマとかでよく見る手術室があるじゃん。ライトがピカッと光っててさ、そんな風景で、オレには点滴がついてて、先生が「麻酔かけますよー、眠くなりますよー」って声をかけてから2秒くらいで意識がなくなった。
「あ、眠いな」と思ったら次の瞬間には眠ってた。
目覚めたときは病室のベッドの上にいて、「あ、めっちゃお腹いてぇ」って。
手術痕をホッチキスで止めてるからさ、擦り傷とか切り傷とかをしたときと同じような痛みがお腹にあった。
予想通りがんは浅く「安心していい」
手術してくれた先生はいい人だったね。
説明が端的でシンプルで、余計なこととか、なんかエヘエへ言わないから快適だったわ。
今は他の病院に移ってて、オレも今度、そっちに行って先生に経過観察してもらおうと思ってるんだけど。
そうそう、オレの場合、医者には機能的なことしか求めてない。
会社員として油が乗ってる時期の人だと、お前みたいにドライっていうか、必要最低限のやり取りを医師に求める人が少なくないのかもね。
手術後は胃が小さくなり、うどん一玉も厳しく
オレの場合、胃のど真ん中にがんがあったから切除範囲が広くて、胃の下の3分の2を取ったから、メシを食べるスピードが遅くなって、量が減った。
とにかくメシが入らないんだよ。うどん一玉食うのも難しくて、食べるとすぐに「うっ」となる。
食べ過ぎると苦しくなるでしょ。それがすぐに来る感じ。
無理して食べると消化されずに大腸に行くからか、めっちゃお腹が張りやすかった。
先生が言ってたと思うんだけど、胃って伸びるらしくてさ。手術して間もないころは吉牛(吉野家の牛丼)なんて絶対食えないって思ってたけど、今は大丈夫だもんね。
今は生活する上で困ることは何もないんだけど、ただ言えるのは、この35年間で今が一番ウンコが臭い。
嫁もかつてない臭さを感じてると思う。オナラしたときも「くさっ!」って言われるもん。
がんになって焦らなかったこと「大きな発見」
庄ちゃんには前々から言ってるけどさ、民間出身の高校の校長になって文化祭を盛り上げるって夢がオレにはあって、そのためのステップを自分なりに踏めてるから。
一生懸命に生きてるんだなと確認できたから。
そういうのを自分の体で味わったから、死んでも後悔がないなって。
死ぬ可能性が高くなったらまた違ったかもだけど、今のまま進んでいけばいいってことがわかった。
人間いつ死ぬかわかんないわけだけど、でも普段はそのことをオレを含めて多くの人が考えないわけで、で、死を考える状況になったときに自分を見つめる、「今の自分でいいのか」って考えるってことなんだね。
最後に、この記事を読む人がいたとして、何か言いたいことある?
まあ、でも生きられてて良かったとは思うし、定期的に健診や胃カメラを受けるのは大事だと思った。あと保険について考えとくこと。
胃の痛みを2、3年放置してたこと(本人が医師に聞かなかったため、胃がんとの因果関係はわからず)。おかんと嫁の度重なる助言をスルーしたこと。
たまたま海外出張が入って、そのときに今とは違う内勤だったっていう状況がお前を動かして、運良くがんが見つかった。
その2つの状況がなかったら、若い人はがんの進行が速いって聞くから30代で死んでたかもしれないよね。
裏を返せば、健康への意識が低いがために死んでいくことがあるんだなって実感した。
(医療ライター庄部)
記事内の情報、考え、感情は書いた時点のものです。
記事の更新情報はツイッター(@freemediwriter)でお知らせします。
関連記事
面白かった医療・健康本とレビュー記事
【要約と感想】『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』 | 医療ライター庄部勇太の取材ノート (iryowriter.net)
【記者が要約】『スタンフォード式 最高の睡眠』眠りの質上げる方法 | 医療ライター庄部勇太の取材ノート (iryowriter.net)
医療ライターお勧めスキンケア本レビュー【美容常識の9割はウソ】 | 医療ライター庄部勇太の取材ノート (iryowriter.net)
ほかの医療・健康本のレビュー記事は下リンクから読めます。
医療本レビュー | 医療ライター庄部勇太の取材ノート (iryowriter.net)